人生の転機
人生が転機を迎えた。
そう、今や珍しくもなんともない転職である。
新卒依頼10年余お世話になった会社をついに離れ、6月から新しい会社で働くことになった。
春は出会いと別れの季節、出会うは別れの始まり。
2023年は自分にとって変化の年だ。
初体験で目まぐるしかった転職準備もようやくひと段落し、連休にてしんみりしている次第である。
仕事とは人生の三分の一の時間を食う、やはり大事業であり、ここが変わるとなると否が応でも人生全体を見つめ直すこととなる。
良い機会だ。
自分は何が好きで、何が嫌いだったか。
これから何を始めて、何を辞めようか。
いろいろ身辺整理をしているうちに、どうせなら何か普段やらない新しいことをやってやろうと思い立った。
そういえば、大型自動二輪免許を持っていた。
バイクに乗ろう。
新卒入社と共に降りたバイク、10年余ぶりである。
バイクはいつだって見たことのない景色と夢を見せてくれた。
あの日のホーネット
16歳になって直ぐにバイク免許を取った。
それは当時精一杯の背伸びであり、夢であり、青春だったのだ。
そもそも我が校の校則では、その他の殆どの学校と同じようにバイクの所有はおろか免許取得も禁止だったが、どうしてもバイクに乗り、様々な場所へと旅をしてみたいという少年たちの好奇心には勝てなかった。
周りは手軽に原付免許から始める仲間も多かったが、どうしても「単車」という相棒が欲しかったのだ。
完全にアングラだが、行動力だけは無駄に長けていた私は免許取得→バイク購入までの過程を綿密に計画を立て実行した。
お金の無い高校生、教習所代をケチる為に限界まで脳内シミュレーションを繰り返し、鬼門といわれる二俣川運転免許に突撃すること3回での中型免許取得である。
二俣川の試験官は元白バイ隊員であり、鬼の形相でめちゃくちゃ厳しく採点してきたが、逆に奮い立つと共に一つの物事に真剣に取り組むことの熱さを教えて頂いた気がする。
次のミッションはバイク本体の購入である。
バイト生活に節約を重ね、マックスで捻り出せたのが24万円。
初代相棒は22.5万円の中古、走行距離3万6千キロ、タンクに凹みのあるホンダのホーネットを22.5万円だった。
ヘルメットを買ったらお金は殆ど残らず、ガソリン代にも苦労したものである。
極太の後ろタイヤ、蜂の針が如く伸びるマフラー、当時の250ccクラスの中では断トツにかっこいいと感じ一目ぼれした。
今見てもそのスタイルは全く色褪せていない。見るたびに惚れ惚れするバイクは良いバイクである。
性能面でもホーネットは申し分なく、それまでの人生で取り扱ったことがあるパワーの上限を遥かに超えたそのマシーンはどこまでも連れて行ってくれそうな気がした。
そして、ホーネットは実際にどこへでも連れて行ってくれた。
海に、山に、名前しか知らなかった街に。
それまで主たる交通手段が徒歩と自転車だった高校生の活動範囲が一気に広がったのだ。
電車で行けば点と点の移動となるところ、道路を走れば街並みが徐々に変化し、世界は線の上で繋がっているんだと体感的に感じたものである。
昼も夜も深夜も時間を見つけてはホーネットに乗りまくった。
ホーネットは世界の本当の姿を教えてくれた無二の相棒であった。
2023年、時が過ぎること20年、近所の某レッ〇バロンにたまたま置いてあったホーネットを見つけた。
あの時乗っていたのと同じ白い機体だったが、中古7万キロ走行のくせに50万と高額だった。
今では1990年代のネイキッドバイクはプレミアがついて高値で取引されているらしい。
あの日青春を共に駆け抜けたホーネットが時を超えて大出世していてとても嬉しい気持ちになった。
かつての友は私の知らない場所で同じように時を刻み、着実に偉くなっていたのだ。
私も新しい職場で負けじと輝いてやろうと気合が入った。
あの青春の日々に恥じないように。
背中に乗せ、どこまでも連れていってくれた相棒に恥じないように。
バイク選び夢想曲
扨、そんな懐かしい回顧をしつつ、時は過ぎ、2023年である。
iPhoneはもうすぐ15が登場し、Lightning端子がいよいよUSB-Cになるかもしれないと噂され、今や新聞の読者はめっきり減り、皆がTwitterで情報を得る、そんな2023年である。
仮にホーネットが未だ続いていて、新車で購入出来るならホーネット一択であっただろう。
しかし、度重なる排ガス規制やコスト削減の中、かつての相棒は記憶の中でしか会えない存在となってしまった。
何に乗ろうか。
どんなバイクと、どんな新しい物語を紡いでいこうか。
とても迷った。
最初に候補に挙がったのはカワサキのエリミネーター400である。
調べると2023年のバイク界隈はホンダのレブル250がとても売れているらしく、カワサキはレブルの牙城を崩すべく、渾身の力で投入したのがこの新型エリミネーターらしい。
発売日もちょうど4月25日でまるで私に買われるのを待っているかのようである。
「Kawasaki」、なんと漢の心に響く名前だろう。
Kawasakiの川崎重工は工業プラントや潜水艦を作る文字通りの「重工」企業である。
その技術力たるや凄まじく、正に日本が世界に誇る企業だ。
「カワサキの技術は世界一ィィィィーーーーッ!」と叫びたくなる。
ところで、実は大学時代、マジェスティーの後、ホーネットで味わった4発ネイキッドの乗り味がどうしても忘れられなくて、一瞬だけカワサキの黒いバリオスに乗っていた。
上記と全く同じ理由で、カワサキのブランド力に得も言われる魅力を感じたのだ。
しかし、その夢は最悪な形でごく短期間に潰えることとなる。
大学生になったとは言え、貧乏学生であることに変わりはない。
予算をケチったせいか、個人間取引でタンク内が錆びている玉を引いてしまったのだ。
個人間取引で買ってしまったものを返品する訳にもいかず、騙し騙し何度か乗ったが、今度はタンクに錆穴が開いてしまい、いよいよ手に負えず結局短期間で売り渡してしまった。
なので、正直カワサキに良い印象はなかった(自分が予算をケチりヤバい中古に手を出したことを完全に棚に上げている)。
嫌な記憶が舞い戻る。
やっぱり、ここは無難にホンダか。
ホーネットに乗っていた時は高校生の身の上で財布が寂しく、メンテナンスも十分にしてやれていなかったと思うが、トラブルらしいトラブルは何もなかった。
良妻賢母タイプ。安全と信頼のホンダである。
売れすぎているレブルは他の人とかぶりそうで検討せず。
見たのはCB250R。
軽量で扱いやすく、とても良いバイクらしい。
リターンライダーにはちょうどいいかもしれない。
気になったのは27馬力というパワー。
「あれ、250ってこんなもんだっけ?」とホーネットを調べてみると40馬力。
しかもCB250Rは1気筒で、4気筒のホーネットと比べると加速感が大分違うらしい。
パワー不足に不満を漏らす未来は必定である。
そもそも、あの日乗っていたのは250ccクラスだが、折角大人になったのだ、もう少し大きいバイクに乗ってみたいという思いもある。
一方、大型バイクは日本の道路事情では持て余すことが予想される。
やはりここは400ccクラスだ。
もう一度、カワサキのバイクラインナップを見てみるとネイキッドZ400とフルカウルのNinja400が目に留まった。
この二つは兄弟車らしく、部品の殆どを共用。
Z400はCBR250よりもっと攻めた味付けがなされているらしく、往年のホーネット乗りの自分でも満足出来そうな気がした。
馬力も48と申し分ない。
しかし、フルカウルSSはかっこいいな。
Z400の兄弟車、Ninja400、とてもかっこいい。
何よりNinjaと言えばトップガンのトム・クルーズじゃないか。最近後編のトップガンマーヴェリックが公開されたことも記憶に新しい。
「Ninja」は漢たちの夢を乗せたとてもかっこいいバイクなのだ。
だが、一方で私は知っているんだ。このフルカウルSSとやらがとんでもなく乗りにくいことを。
新卒入社と同時に降りたバイクであったが、過去1度だけバイクを忘れられずにレンタルしたことがあった。
大型免許も持ってるし、乗ったことがない大型を乗ってみようと思いレンタルしたのがNinja600である。
フルカウル、セパハン、初めての前傾姿勢、これぞバイク!という感じでめちゃくちゃカッコよくて興奮しまくった。
そう、最初の1時間は。
1日フルで乗った後は、腰痛、首痛、手首痛、重いクラッチで握力もなくなり、全身から悲鳴が上がった。
自分の乗車姿勢が悪かったのもあるだろうが、SSは基本的にそういうバイクらしい。
カッコいいが、長時間は乗れないバイク、それが私のSSへの印象である。
しかし、どうにも目を引くNinja400である。
このカマキリみたいな顔はどうだろうか。
仮面ライダーみたいでとてもかっこいい。
諦めきれずに調べてみるとやはりNinja400は扱いやすくとても良いバイクのようで、追加で衝撃の情報が目に飛び込んで来た。
「Ninja400はZ400より乗りやすい」
馬鹿な、SSは乗れば全身苦痛が伴うと相場が決まっている。
ネイキッドよりも乗りやすいSSがあってたまるか。
しかし、本当に全身の苦痛なくしてSSを乗れるならこれはもはや最高の体験なのでは無いか?
論より証拠で近所のレッ〇バロンに急行した。
自分でライディングポジションを確認してみないことにはどうにも収まりがつかなかったのである。
跨ってみた感想は、
めちゃくちゃ楽である。
セパハンとはいえ、アップライトポジション。
SSへの先入観が霧散するくらい楽なポジションである。
ここで気持ちは8割方決まった。
カワサキのバイクというと過去のバリオスの悪夢が脳裏を過るが、時が経つこと10年余である。
流石に今はもう改善されているだろう、何より今回は新車だと思い、勇気を出して再挑戦してみることにした(繰り返しだが、カワサキさんは何も悪くない。過去の失敗はケチってヤバい中古に手を出した自業自得である)。
カラーは2023年モデル、パールブリザードホワイトに決定した。
自身が冬生まれなことに加え、雪山登山家として雪と氷には常に不思議な縁を感じているが、パールブリザードホワイトとは正に自分に相応しいバイクである。
最高にかっこいい。
思えば、人生で初めて手に入れたホーネットも白であった。
運命は不思議な巡り方をするものである。
これも何かのご縁だ。
Ninja400、そして新たな旅路へと
白ニンジャは限定カラーではないが、数が少なく、且つ人気らしく、全国のレッ〇バロンでも残り1台だったところはるばる東北から運んできてもらった。
豪雪地帯生まれの白ニンジャである。
現車を見ても非常にかっこいい。
見るたびに惚れ惚れするバイクは良いバイクである。
スコスコスコスコスコスコ、ドゥン!(エンスト)
20年ぶりにやってしまった。
三十代の旅路はまだ始まったばかりである。
先ずは慣らし運転だ。
カワサキの新車は若干慣らし運転がややこしいらしい。
最初の800kmまでは6000回転まで、1600kmまでは8000回転まで。
こいつの最大トルクは8000回転時に発生するので、1600kmまでは我慢だ。
ゆっくり慣らしていこう。
新しい人生の舞台、新しい相棒。
どこまでも行こう。
良き旅路を願って。